2019-12-11
【読書感想文】その科学が成功を決める

『その科学が成功を決める』はどんな本?

世の中には色んな分野で成功をおさめた人がいます。また他者に成功のために講義などを提供することを業とする自己啓発に関わる人がいます。自分の成功を信じて日々精進の僕達には、彼らの「成功の秘訣」を聞いてみたいと思うのは当然のことです。

しかし、そのまま信じて行動に移すのは若干の危険が伴う、というのも分かると思います。成功者が自分で「このおかげで成功した」と思い込んでいても実際は違う何かが原因だったかもしれません。自己啓発本の内容を試してみてその後改善があった人だけが著者にお礼を書き続けた結果、著者はその方法を試して失敗した人のことがあまり見えていないかもしれません。穿った見方では成功者にはアドバイスした相手が自分のライバルにならないように、自己啓発の支援をする人には顧客が継続して自分の支援を必要とするように、敢えてベストではない知恵や誤った知恵を提供するかもしれません。何かコツのようなものを教えてもらっても自分で実践した未来と何もしない未来を同時に体験することはできないので効果があるのか、正しい効果を発揮するかは正直未知数です。

そんな巷にある自分では検証できない「成功の秘訣」に科学で切り込んだ本があります。『その科学が成功を決める』(原題"59 Seconds: Think a little, change a lot")はイギリスの心理学者Richard Wiseman教授(翻訳は木村博江先生)による一般向けの心理学の書籍で、そしてその内容は邦題にあるように創造力や意思決定といったビジネスに関わるものからその前段階の面接、さらには結婚生活などの領域での「成功」について扱った自己啓発のようなものになっています。世間に氾濫する自己啓発本と一味違うのはその書きぶりで、科学者らしく、書いてある内容のほとんどに大規模な科学実験とその論文を紹介・引用している点です。例えば自分で「成功の秘訣」を実践したかどうかの未来を比較できなくても、実践者と非実践者をランダムに振り分けてその結果を比較すれば、その「成功の秘訣」の効果を知ることができます。この本の書きぶりから紹介されている「成功の秘訣」について一定の科学的な根拠がわかり、その結果「これって本当にうまく行くのか?」と書いてあることについて検討する時間が大幅に削減でき、信頼と自信をもって内容を実行に移すことができます。

どんなコツが紹介されている?

全十章で幅広い内容を日常生活からビジネスに至るまで幅広い内容をカバーしています。

  • 自己啓発と幸福感
  • 面接
  • イメージトレーニング
  • 創造力
  • 婚活
  • ストレス解消法
  • 結婚生活
  • 決断
  • ほめる教育
  • 心理テスト

また、例えば決断を扱う章で各節では集団での決断の問題点、説得法、決断と後悔、嘘を見破る、仕事にかかる時間の見積もりとさらに広く扱うというように、各章ではそれぞれについて広げているので実際には上の10よりもだいぶ網羅的です。

前段でこの本の特徴として「豊富な科学論文の引用」があることを指摘しました。このスタイルを紹介するために目の鱗だった内容のうち幸福感についての解説の一部とブレインストーミングについて検証した部分を紹介したいと思います。

プラス思考はしあわせをもたらす?

幸福感を高めるためにはマイナス思考を追い出してプラス思考をすればよい、というのはなんとなく分かりますし実際そういうことを主張する自己啓発もあるそうです。筆者はこの主張について科学的実験の結果とは一致しないといいます。代わりにすべきことは日記を書くことだそうです。

まず一般論として「このことについて考えないようにしよう」という意識は逆にそのことを考えさせてしまう、ということを指摘します。Wegner$^{[1]}$は、被験者に「白い熊のことを考えないように」と頼み、「もし白い熊のことを考えてしまったらベルを鳴らす」よう指示しました。実験室のあちこちでベルがなり、実際にはみんな禁止した熊のことを考えてしまっていることになります。そしてこのことが実際に幸福感に影響を与えることを指摘する研究として、BortonとCaseyの実験$^{[2]}$を紹介しています。被験者に自分の欠点を書き出してもらった後、半数にはそのことに考えないように、もう半分には普通に暮らしてもらい一日ごとに欠点を振り返ったかと自己評価を報告させます。両者とも自分の欠点を書き出した体験と欠点を思い出したかどうかを振り返っていますが「欠点を考えないように頼まれたかどうか」は異なります。そしてその結果としてより多くの頻度で欠点を思い出し、しかも「自信がない」「憂鬱」という自己評価をすることになりました。

上の研究から「マイナス思考をしない」というよくあるアドバイスが、実は人間の心理の仕組みから実行できないこと、そしてその結果このアドバイスは事態を悪化させてしまう危険があることがわかります。

ではどうすればいいのかということで日記を推奨しています。問題について書くことでできごとに意味づけを行ったり、問題を解決したりする効果が期待できるそうです。 ここでは「書く」ことが重要だそうです。悩みについて「人に話す」場合では、書く場合に比べて内容が発散してしまい、結果日記ほどおおきな効果は得られないそうです。実際人に話すことの効果を検証した実験も紹介されています。ZechとRimeの研究$^{[3]}$では身近な人の死、虐待などの深刻な体験を持つ被験者の半数にはそのことについて話してもらい、もう半分にはごく普通の一日について話してもらいます。その後この2群の幸福感などが二週間後、一ヶ月後にどう変化したかアンケートで測ります。結果両者にはおおきなの違いはなかったようです。筆者はカウンセリングなど専門の人間に相談することの有効性については認めつつも、人に話すということが体験以上には実際に幸福感の改善に役立っていないことを指摘しています。一方で書くことに効果を指摘する論文の1つとして、解雇されたばかりの人に失業の影響について短く書いてもらうことで心身ともに健康状態が向上し幸福感が向上したという報告$^{[4]}$を紹介しています。

『この科学が成功を決める』ではこのように人生に関わるさまざまな領域について「俗説(自己啓発などで人気の主張)の批判」と「本当にすべきこと」を科学的な根拠とセットで書いています。

ブレインストーミングは創造性を阻害する!?

『この科学が成功を決める』のスタイルはもうお分かりいただけたと思います。もう一点、僕にとって意外だった内容を創造性についての記述から紹介します。

グループが斬新なアイデアを得るための手法として広告代理店のオーナーOsborn$^{[5]}$が開発した手法にブレインストーミングあります。広く新興企業で受け入れられている手法なのでいろいろ細かなヴァリエーションがあるとは思いますが、大まかな枠組みは「お互いの発言を否定せず、逆に相手のアイデアに自分のアイデアを追加していく」ことで、各々の発言を促し短期間で多くのアイデアを得るというものです。

印象としてかなり人気の手法ではあるのですが、意外なことは多くの実験ではブレインストーミングの効果を否定的に結論づけているようです。1990年にはその名もズバリ「集団ブレインストーミングでの生産性の損失」という題のメタ分析$^{[6]}$ではブレインストーミングは一人ひとりが発揮するよりも小さな創造性しか発揮できていないと結論づけたそうです。この原因として筆者は「社会的手抜き」にあると主張しています。例えば、Ringelmannの報告$^{[7]}$では綱で85kgの重さのものを動かせる人が、集団になると65kgしか動かせなかったと報告しています。

内容より論証

この本では各章でおおよそ以下の流れの繰り返しで構成されています:

  • 自己啓発などで人気の主張の批判+科学的論拠
  • 代替案+有効性の科学的根拠

ポイントは繰り返しになりますが、その科学的根拠。実際に紹介された「成功の秘訣」を「内容」とすれば、科学的根拠はその「論証」になります。僕は一般向けのビジネス書などを読むとき「内容」よりも「論証」に気を配るようにしています。中には「細かいことは置いておいて結果だけ知りたい」という人もいるとは思いますが、誰もが発言し出版できる時代に「論証」の重要性は日に日に増しています。自信満々に紹介された内容は実はだれかの思いつきかもしれず、そしてこの思いつきは本来「仮説」と言われるべきものであります。もし論証を重視しなければ本当に効果のある「内容」を見極められません$^{*1}$。ある領域でたまたま優れた「成功の秘訣」を実践できたとしても、他の分野では全く見当外れなものに時間やお金をかけてしまう、という危険もあります。

科学論文の多くはその論証が非常に優れています…が論文を大量に読むのはあまり現実的ではないことも多いと思います。論文は通常同業の科学者に読まれることを前提に書いており、それ以外の人にとって(大学院生にとっても非専門なら)普通は役に立つ、知りたい内容とは少しずれたものになることが多いです。

もしあなたが自分の人生に関わる問題の解決のための方法に「論証」を重視するのであれば、一般向けの「内容」と科学者目線の「論証」を兼ね備えた本書はぜひ読むべき一冊だと自信を持っておすすめできます。

余談

日本でも多くの優れた学者の方々が一般向けに書籍を執筆しています。もしかすると「数ある学者が書いた本のなかでなんでこの本だけ特別に論証を評価するのか」とお思いかもしれません。実際、この本ほど論証が満足できる一般向けの本は案外少ないです。アメリカで出版された本にはこういう形式を重視している本がいくらかあるですが$^{*2}$。。ちらっと昔どこかで見た話だと「あまり注をつけると一般の読者は身構えてしまうから注を削るように出版社に言われる」とか(この話の出典が分かる方はぜひ教えてください)…日本は新書の文化が発展していて電車で本を読む人も多く、読者も成熟している国だと個人的には思っています。読み手も書き手も出版社も、もう少し引用を重視し、引用できる前提でものが書ければ本書レベルの良作はあっという間に大量にでてくるんじゃないか、と思っています。

紹介された論文、引用、注

$^{1}$ 論証が甘いといい物は見極められないのは間違いないんですけど、どんなに論証頑張っても結局世の中未解決なことが多すぎて結局いい物は見極められない…という思いはそれとは別にあります… $^{2}$ 原題"59 Seconds: Think a little, change a lot"は「59秒でできる小さなことが大きな変化を生む」ということで、筆者の意図としては実用面を重視していることがわかります(「はじめに」でも「何をすべきか、さえ分かれば小さな行動で大きな結果を産める」ということを書いています)。一方、邦題は『その科学が成功を決める』と「科学」を全面に置いています。このことから、このオリジナルが出版された環境ではこの本の科学性はべつに特別ではないのでは、と考えられます。まあこれに関してはマーケティング的な観点で命名していると思うので「日本では科学を重視すれば売れる」という感じの肯定的な評価が出版社にあった可能性もありますが。

${[1]}$ Wegner 1989 "White Bears and Other Unwanted Thoughts: Suppression, Obsession and the Psychology of Mental Control" ${[2]}$ Borton, Casey 2006 "Suppression of Negative Self-Referential Thoughts: A Field Study" ${[3]}$ Zech, Rime 2005 "Is Talking About an Emotional Experience Helpful? Effects on Emotional Recovery and Perceived Benefits" ${[4]}$ Spera, Buhrfeind, Pennebaker 1994 "Expressive Writing and Coping with Job Loss" ${[5]}$ Osborn 1957 "Applied Imagination" ${[6]}$ Mullen, Johnson, Salas 1991 "Productivity Loss in Brainstorming Groups: A Meta-Analytic Integration" ${[7]}$ Ringelmann 1913 "Recherches sur les moteurs animes: Travail de l'homme"